その8 被官神社にて

鳥居の先には、清閑な趣あるお社があった。

狐の眷属さんが多くいらっしゃる。

浅草神社の奥に、こんな神社があったのか。


カラスは、姿が見えなくなっていた。どこへ行ったのだろう。

!?

境内に、人が倒れている!

「大丈夫ですか!?」

私は、その倒れている男性のもとに駆け寄った。しかし、この出立ちは、、、

 

~被官稲荷神社 創建~
安政元年、新門辰五郎の妻が重病で床に伏したとき、山城(現、京都府南部)の伏見稲荷神社に祈願したところ、その効果あって病気は全快しました。そして、同二年、町の人がお礼の意味も込め、伏見稲荷神社から祭神御分身を当地に勧請しました。その後、小社を創建し、被官稲荷神社と名付けられ、現在浅草神社の末社としてその境内に祀られています。名称の由来は不明ですが、被官とは官を被(こうむ)る、ということから、就職・出世と解せばよいでしょう。被官稲荷神社正面の鳥居は新門辰五郎により奉納されたものです。
浅草神社ホームページより引用 http://www.asakusajinja.jp/asakusajinja/hikanjinja.html