その16 我が家にて5

「あなた、お仕事は」

時計を見ると、もういつもならば仕事に行くために家を出ている時間だった。

「行ってくる、忠右衛門のこと、宜しくね」

「はい、任せてください」

忠右衛門は、ぐっすりと眠っている。

「洋服のことだけれど」

「うん」

「あの子の洋服、着てもらってもいいかな」

妻は、そう言った。

「うん、そうだね、いいと思う、そうしよう」

ああ、そうだね。

「この時代のこと、教えてあげてほしい。なかなか、難しいかもしれないけれど」

「やってみます。ほら!いってらっしゃい」

妻は、私の背中をポンポンと叩いた。

忠右衛門のことは気掛かりだったけれど、妻が見てくれていると思うと、仕事も出来る。でもきっと、あまり手につかないかもしれないな。

忠右衛門が家に来て、我が家の時間は、一気に進み出したように思えた。

5年前、あの子が亡くなったと知らされた時から、我が家の時間は止まったままだった。あの子の話には、お互いに触れず、あの子の思い出の品も洋服も、タンスにしまったままだった。

それを、妻が、あの子の話を。あの子の洋服を。

その時、ふっと頭の中に、今朝見た観音様の夢の、あの黄金の輝きが見えた。

これが、観音様の御慈悲なんだなぁ。

そう思うと、有り難くて涙が出た。